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距離を取ることと空間を形成すること
直線的に近づいたり離れたりしていると閉じないから絵にはならないけれど、
それが回転していたり、湾曲していたりして、最初と終わりが合い閉じれば、何かしらの形を成し、
ソーシャルディスタンスが絵になるような何か、
カウンターか何かをイメージして一日中スケッチをしているが、
どうもしっくりときません。

距離を取ることと空間を形成することは相性がいいはずで、
間を空けることは距離を取ることだから、
ソーシャルディスタンスを空間形成の発露にするのは妥当性があると思うのですが、どうもうまくまとまりません。

やはり、ソーシャルディスタンスという言葉自体がネガティブな響きになっているからか、
たがら、いいイメージにつながらないのか…

素直に距離をデザインすると考えれば、
もっと様々なバリエーションが存在するはずだから、
少しは方向性が見えてくるかもしれないのですが…。

# by kotanimasafumi | 2020-09-14 07:25 | つぶやき | Comments(0)
距離感をデザインで保つことが課題
人が距離感を保ちながら繋がるにはどうしたらいいのだろうかと考えることが、
このウィズコロナの中で計画案を考える時に、
その建築のパブリック性が増せば増すほど、必要なことになってきました。

簡単に言えば、住宅のパブリック性は0で、プライベート性が100%だから、
住宅ではその必要性は無いが、
飲食店や店舗、次いで、学校や病院、美術館、博物館などの順にパブリック性が増していくと、
何らかの対応が必要になり、既存の美術館などは事前予約制にし、
入館日時を指定してチケットを購入することで入館人数や密度をコントロールしています。

また、既存の飲食店は人と人の距離感を取るために、
客席を1つ飛ばしにしたり、テーブルの数を減らしたりして、
やはり人数と密度をコントロールしています。
既存の施設で、人数や密度をコントロールするにはその方法しかないのかもしれないが、それは売上にも影響すると思います。

だからそれがわかっていて、これから計画する飲食店や店舗で今までと同じようなことはできないと考えています。
ならばどうするか…
人と人が適切な距離感が保ちながらも、
人と人が繋がることを建築の課題としてあげ、
それをデザインで解決していくことが求められています。


# by kotanimasafumi | 2020-09-09 13:22 | つぶやき | Comments(0)
一緒に仕事をしたいと思ってもらえること
「この人と仕事したいな」
そう思ってもらえるような建築家でいたいなぁと思うんです。

建築家が仕事をする上で、大切にしていることは建築家によっても違うかも知れません。

自分にももちろん、そういった心構えや心がけてることとかがあります。
でもそれはあくまでも労働に対しての向き合い方や建築家としての存在意義のようなものであって、その時々のエモーショナルなモチベーションはまたそれらとは違う場所にあったりするんですね。

「いいデザインをしよう」と常日頃思って仕事をしているんですが、それは建築家として、与えられたミッションにおいてベスト、あるいはベターな形を提供するというのは根幹のスタンスです。
でもそれ以上に、大切に思っているというか、根幹のもっと深淵の部分に存在する「人として」のどうしようもない性というが業というか。
自分自身を自分だと存在させてる部分というか。

それは、「この人に褒めてもらおう」とか「この人にいいデザインだねと思ってもらいたい」というもの…。

あなたに褒めてもらいたいのです
そこにはもちろん、商業デザイナーとして大事な基本や根幹はあって、どんなことがあってもそれらは駆逐されるべきではないスタンスではありますが、僕個人のJOBにおけるモチベーションは、対面する発注者へのそういう想いの方が強いという感じかも知れません。

「いいものになりましたね」
「いい仕事になりましたね」
そういう言葉が本当は欲しいのです。笑
でも実際にはそういう言葉をいただけることはあまりありません。
施工して竣工されればもう日常で言葉を交わすことはあまりないからなんですね。
では、そういう意思表示が皆無かというとそうではないんです。
それを一番表しているのが「また仕事をいただける」ということかと。
自分とまた仕事をしようと思ってくれた、という証。
それがまた指名していただけたということなんだと思うのですね。

クライアントに喜んでもらえる仕事をすることが、建築家である自分個人の一番の成果なのではないか。
そしてまた仕事をいただけるということ。
それは、自分がデザインをするという大前提があっての発注であるし、言い換えればそれは自分への信頼や親愛なのだと思うからです。

わざわざ自分を選んで発注してくれる人たちというのは、間違いなく自分を信用してくれてる人か自分に期待している人なわけです。
とにかく「自分とこの仕事をしたいんです」という人との繋がりは、何物にも変えがたい幸せと喜びをもたらしてくれるもの…。

そして、褒めていただけるような仕事をしたいと思いますし、また再び、いや、何度でも「この人と仕事がしてみたいな」と思ってもらえるようなデザイナーになりたいですし、なれるように頑張ろうと思います。

そして、自分とはまだ一緒にお仕事をしていない人からも、「こいつと仕事してみたいな」と思ってもらえるように、さらに頑張りたいと思います。

# by kotanimasafumi | 2020-08-18 06:27 | つぶやき | Comments(0)
75年目のヒロシマ
特別でも当たり前でもない月日の流れ…。

被爆75年
戦後75年
復興75年

ヒロシマとナガサキで被爆し、被爆者健康手帳を交付された人は136,682人。
80年度末の372,264人をピークに減少に転じ、2013年度末には200,000万人を割り込んだ。
平均年齢も83.31歳に達する…。

次の四半世紀がたつと被爆100年になる。被爆者がいなくなる時代にも、被爆の実相を伝え続ける意義は変わらないはずだ。
ただ、そのために今やらなければならないことがある。
被爆地でも貴重な文献資料の散逸や、原爆に耐えた被爆建物の解体といった危機が起きている。
被爆の記憶をとどめる「モノ」を次の世代に着実に託すことは、歴史と未来に対する責務と思う…。

核兵器がひとたび使用されれば、日常は消し飛び、家族の命が奪われる。生き延びた人も長期にわたり、原爆症に苦しめられる。
自分たちの住む世界に核兵器は要らない。

子や孫の未来のためにも、その根本にあらためて立ち返る日としたい。
自分たち一人一人が、失われた命と被爆者が歩んだ苦難の道に思いをはせ、切迫する世界情勢と向き合いたい。

高齢者の被爆者らに共通するのは「生きている間に核廃絶を」という切実な願い…。
「残された時間が少ない」という焦りから、証言を始めた人もいる。
3年前に国連で採択された核兵器禁止条約の早期発効に向け、4月の核拡散防止条約再検討会議で提出予定だったが、
コロナ禍で会議が延期になり、活動も足踏みを余儀なくされた…。
祈念式典なども縮小などが余儀される。
3密にならないように、心はより密に…。
平和を願う気持ちにソーシャルディスタンスはない。
メッセージは「より密に」しっかりと手渡ししよう。
平和だけは垣根なんか軽々と飛び越えられるはずだから…。

2020.08.06.

75年目のヒロシマ_e0149941_05401901.jpg

# by kotanimasafumi | 2020-08-06 05:45 | つぶやき | Comments(0)
ジレンマ
先日クライアントさんから「年齢が近いので言いにくい事も歳が近いから言いやすくて助かります」と言われました。
年齢によって価値観の違いもあるし確かにですね。

でも歳が近くてもきっと言いにくい建築家もいるし、歳が離れていても言いやすい建築家もいるなって思いました。
建築家って何か気難しくて、自分の意見を曲げなくて、言うこともなかなか聞いてくれない…ってイメージはまだまだありますが…。
昔の巨匠で村野藤吾さんという建築家は99%は施主の要望で自分の意図と異なる方向になっても、
どんなプロジェクトでも1%の可能性がありそこにデザインをするべき…という趣旨の事を言っていたのを考えると、
「建築家=言うことを聞かない人」という事でもなかった気がします。

きっといつの時代からか自分を孤高のアーティストとして位置づけないと市場的価値を見出せないとなったのだろうと思います。
最近の社会的問題解決型の建築デザインに対して、
つまんないと言う建築家やその影響を受けた学生の発言を見ていると、まだまだ誤解され続けると思いました。


# by kotanimasafumi | 2020-07-17 04:20 | つぶやき | Comments(0)