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残るもの、残らないもの
残るもの、残らないもの_e0149941_14445377.jpg
菊竹さんの建築はとにかく才気走っています。
どの位才気走っているかというと、実際に見ると才気が立ちすぎて、むしろ建築が霞むレベルです。
建築というより結晶みたいな感じで、全部じゃないですが奇跡みたいに思える作品もあります。
上手いとか、そういう感想を超えます。
建築小僧としては垂涎の作品群なのですが、
一方で微妙ーーーに建築の体感がずれる感覚があるな…という感じをずっともっていました。
なんというか、内部に入ってもずっと外から見ている感じで、建築の中に入った感覚が薄いのです。
独特のアメニティ感の欠如というのか…わかる人にだけわかればいい孤高さというか。
つまりはエロがない。スピリットが立ちすぎて肉がない感じ。
先の結晶云々はもちろん比喩ですが、
結晶は重力より段違いに強い分子間に働く力で出来るものですから、
重力よりもっと強い自律的な力の存在を感じる、ということかもしれません。
ちなみにここでいう重力ももちろん比喩で、言うなれば人間社会が建築を成立させる時に作用する諸事情、ということになるでしょう。
その点、例えば丹下建三や前川國男の作品は対照的で、遠目ではダイナミックでブルータルに見えて、近づくとおもてなし感に溢れてるといつも思います。近づいた時のおもてなし感はレイモンドなんかもそうです。(ただしレイモンドは遠目で見えるほどの存在感には欠ける。…遠目も比喩ですね。)
エロ…というか、丹下さん前川さんの場合は雑味の方が適切かなぁ。
内部に入ると外から見た時の求心的な存在感が薄れ、その体験は雑味に溢れ楽しい。
ちなみに安藤建築は私の個人的見解だと、雑味は薄くエロ側に大きく振れています。
菊竹さんはエロも雑味も極僅でスピリットが溢れてます。
建築における雑味の欠如とは、つまり建築を理解する時のチャンネルが限られているということだと思います。
平田さんの言葉で、チャンネル=絡まりしろ、と言ってもいいです。
菊竹建築の回路はわかる人にだけわかる仕様だが、
例えば丹下建築は特に建築に詳しくなくても何かしら理解できる引っ掛かりがある。
それが、つまりは絡まりしろということなんだろうと思います。
建築における絡まりしろとは、
別に座って外見るカフェスペースが多いことではなく、
こうした懐の深さを指すのだと思います。
都城市民会館は明らかに突出した建築作品であるにもかかわらず、
保存を望む声も大きかったにもかかわらず、最終的に地元は解体という選択をしました。出雲もそうです。
建築プロパーからすれば誠に忸怩たる思いです。あまりに勿体ない。
でもうちらが勿体ないからアンタお金出して保存してね、ってわけにはいきません。当然です。
一方、丹下作品のすべてを網羅してるわけではないですが、
代々木の競技場は改修して使われ続けますし、
クェート大使館は一時建替えが本格的に進みかけたけれど、
どうやら延命が叶いそうなもようとのこと。
レイモンドの群馬音楽センターもしかり。
平たく言えば愛される建築ということですが、
「愛される」の中身はチャンネルの多さ、なのではないかと。
地元が負担を背負いながらそれでも残すかどうか、
という背に腹は変えられない局面に立った時、
最終的に効いてくるのが、建築物としての価値もさることながら実はこうした多チャンネル性、
あるいは懐の深さなのか…ということを今回の件を通してすごく思ったのです。
最終的にはその建築が自分にとって意味のある場所だと思う人がどのくらいいるか、なのでしょう。
この件については保存運動の方法論という切り口もあると思いますが、
それとは別に、社会に残っていくものと残らないものを分ける容赦ない分水嶺が可視化されたという印象を持っています。
ちなみに、自分自身は都城市民会館はまだ見たことはありません。

# by kotanimasafumi | 2023-10-10 14:41 | けんちく | Comments(0)
デザインとアートの違い
デザインすること
何かをデザインする際は、誰にどのようなメッセージを伝えるのかを考える。
そのコンセプトを常に意識しながらデザインすることの重要性を教えられた。
学んだことを一言で表現した「デザインはコミュニケーション」という言葉が心に刺さった。
アートとの違い
同じクリエイト表現としてアートがあるが、アートはもっと自由だ。
制作者の心の中を表現することで、見る人の感情を動かすものである。
ただ、観る方は、必ずしもその感情を受け取れるものではない。
その点、デザインは受け手を意識して制作することが重要だ。
情報や意図が、わかりやすく好意的に伝わるものが良いデザインなのだと思う。
そういった意味でも「デザインはコミュニケーション」という表現はしっくりとくる。・
ただ、デザインもアートも人の感情を動かすところは共通している。
フォント(書体)選び
子供の頃は、読めない文字の良さはイマイチわからなかったが、
なんとなく自分なりの美的感覚はそのころからあったように感じる。
そんなこともあってWebページを制作する際のフォント選びは楽しい作業であるが、
デザインの場合は受け手を意識して読みやすさも意識しないといけない。
文化の日に感じたこと
デザインを学んでいると目に入るもののデザインが気になってしまう。
飲食店の看板にメニュー、テレビのテロップ至るまで気になって仕方ない。
デザイナーは、フォントだけで何時間も語りながら飲めると先生が話していたがわかる気がした。
今日は、デザインとアートを感じた文化の日であった。

# by kotanimasafumi | 2023-09-18 14:32 | つぶやき | Comments(0)
頭の断面図
頭の断面図_e0149941_14301703.jpg
デザインを成果物として捉えるのではなく、
その過程もクライアントと共有することで、
ネガティブなことがポジティブに変わることがあると思う。
イニシャルコストを掛けずに、
クライアントに喜んでもらうデザインはなにがあるのか・・・
それは「言葉」だと思う。
「言葉」をデザインするということを意識すると問題解決や想像以上の喜びを与えることができる。
自分は言葉選びに気を使っている。
伝え方ひとつでクライアントの心配事を解決してあげれたり、
逆にこちら側がめちゃめちゃ頑張って出した成果が全く響かなかったり。
この「言葉」を空間デザインに落とし込むにはどうしたら良いか?
「ストーリー」。
要は「過程をデザインしてあげること」。

# by kotanimasafumi | 2023-08-01 14:29 | Comments(0)
「Give & Give」
自分が大切にしている考え方のひとつに、
「Give & Give」
があります。
日本のことわざで言えば、
「情けは人の為ならず」
ということですね。
一般的には「Give & Take」と言われますが、とにかく人へ与え続ける「Give & Give」をすることで、
最終的には周り回って自分が幸せになるというものです。
このことは、
ペンシルバニア大学ウォートン校で史上最年少終身教授であるアダム・グラントの著作「Give & Take」にも詳しく書かれています。
この「Give & Take」の中では、ギバー(Give & Give)、マッチャー(Give & Take)、テイカー(Take & Take)と3種類のタイプに分けて述べています。
そして、一番成功しやすいのはギバーなのですが、一番成功しづらいのもギバーだということが書かれています。
成功しやすさの順番としては、
--
ギバー
マッチャー
テイカー
ギバー
--
になるそうです。
「なぜ、一番成功しやすいのがギバーなのに、一番成功しづらいのもギバーなのか?」とか「成功するギバーと成功しづらいギバーとでは、何が違うのか?」などの疑問が浮かぶと思いますが、
それは「Give & Take」を読んでのお楽しみということで。
さらに、人の善意を食い物にするテイカーに対して、どのように対応すれば良いのかも書かれていますので、
ギバーになって成功したい人や、ギバー傾向が強い人は「Give & Take」を読むことをオススメします。

# by kotanimasafumi | 2023-07-30 14:22 | つぶやき | Comments(0)
40
「40歳前後」の世代は、まだ少しは残った若さと、
これまで培った経験が買われて、いわゆる「働き盛り」。
だが、キャリア人生がひとつの山だとするなら、
後は下り坂かと考えると一抹の不安を覚える年齢でもある。
体力も気力も発案力にも陰りが見えるこの世代。
定年60歳時代ならいざしらず、
70歳まで働くのが当たり前ともなれば、
下り坂をどう逃げ切るかという戦略も通用しない。
周りで働いているみんな20代、30代という仲間に囲まれて働いていると、
本当にびっくりするぐらい、
ずうずうしいぐらいに自分自身の年齢を忘れて日々過ごしているのですが、
ふとした瞬間に年齢と向き合うときがある。
「人やモノの名前がぱっと出てこない・・・」
「目のカスミがもしかしたらこれは(老眼のはじまり?!)・・・」
「酒量や食べる量が減っているのに痩せない~」
こういったカラダの変化が教えてくれるんです「もうキミは若くはないんだよ」と。
40歳ってもっとオトナだと思っていた。
10代、20代の頃は自分がそんな年齢になることは想像すらできませんでした。
30代になると「40歳」という年齢をむかえることは、
人として一段ステージアップするような気がしていました。
「若さとは引き換えに知恵を得て成熟した自分がそこにいるんじゃないか」と。
少しばかりカッコイイことを期待していたのだけれど、
実際のところなってみると、
「私は私のまんま」でした。
40歳の私ってもっとオトナだと思っていたんですけどね。
生活環境は確かに20代、30代のあのときからは変わってきているし、
良くも悪くも人生経験をそれなりに積んできたつもりではいたのだけれど。
ああ、結局何歳になっても自分は自分でしかなく、
悩みの種や失敗の種類は多少変わりはしたけれど、
根本的なところ、自分の根っこにあるものはあんまり変わっていないのかもしれません。
2回目の成人式を迎えたわけだし、
カラダを含め人の成長曲線も緩やかに下降気味であることも見えてきたし。
「個」の自分に大きな変化が生じないこともうすうす気づいています。
でも時の流れに身を任せて老化していくだけで、中身は変わらずそのまんまじゃなんだか切ない。
自分の限界値もある程度刷り込み済みだから、
この身をいたわりながらも自分にできることでちょっとした変化をもたらしてみたい。
来る50歳のもう少しオトナな自分に出会うために。

# by kotanimasafumi | 2023-06-16 14:18 | つぶやき | Comments(0)