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本町の住宅
本町の住宅を見学させていただきました。
設計:橋本雅尊建築設計事務所
大学で4年間共に過ごした同期の処女作。
大学を卒業してから設計事務所で鍛錬を積んできた彼の渾身の一作に心が躍りました。
如何に街と共に暮らすか…
その応えは周囲に対してあまり大きな開口部を持たないシンプルな建物の中で、
ハイサイドからの柔らかな採光と、その光でさらに深みを増すシンプルな構成が住み手の生活を優しく包み込んでくれる…。
彼の住み手に寄り添う人柄を初めて垣間見えました。
本町の住宅_e0149941_09280960.jpg


# by kotanimasafumi | 2021-02-17 09:33 | けんちく | Comments(0)
クラッシクコレクション
文房具の王様ファーバーカステル。
その高級ラインであるGraf Von Faber Castell クラシック(伯爵)コレクションのボールペンです。

プラチナコーティングではウッド系バレルであるペルナンブコ 、エボニー、グラナディラの3種類があります。
また、純銀925のスターリングシルバー。ギロシェのロジウムコーティングのラインアップも存在します。
購入したのはプラチナコーティングのペルナンブコ。所有する満足感はこの上なく高い…。

購入動機は90%以上デザイン。これにつきます。
そのデザインにうっとりしながら使う嗜好のペン。
完全なる趣味ペンです。
笑伝統的でコンサバティブな印象のデザインで、心を鷲掴みされました。
--
**GRAF VON FABER CASTELLCLASSIC
グラフフォンファーバーカステルクラシック(伯爵)コレクションプラチナコーティング **

●ボールペン機構 : ツイストノック式
長さ:約132mm
軸径最大:約9mmφ(クリップを除く)
重さ:約26g
素材:ペルナンブコ、エボニー、グラナディラ
プラチナコーティング
初期装填芯 : 太さ B / ブラック

◯全体9mmという細さは、ケースに入れても、胸ポケットに挿しても邪魔にならない使いやすいサイズ感です。
少しリアヘビーですが、長時間筆記でなければ好みです。同シリーズのメカニカルペンシルより少し短いです。

クラッシクコレクション_e0149941_16394679.jpg

●ウッドバレル / 木軸クラシックコレクションではエボニー、グラナディラとペルナンブコ という3種類。
自然素材のため2つとして同じものがない。

ペルナンブコはブラジル東部のペルナンブコ地域に特産する良材です。弦楽器の弓部として使用されることでも有名です。現在は輸出禁止となっている貴重な木材。グラナディラやエボニーに比べて軸色の個体差があり、シャープペンシルや万年筆などをシリーズで購入する場合は、色が近いものを選んで購入した方がいいと思います。また、木軸の模様などもかなり違う。導管の現れたものはブツブツとした質感が嫌な人ならなおさらです。

自分はネットで購入したので、メカニカルペンシルのペルナンブコよりも明るめで彩度が高いものでした。2つを並べた時に色味の違いが気になりましたが、ペルナンブコ は、使っていくうちに色味など変化していくので、あまり気にせず使うことにしています。


●天冠 / クリップ
ファーバーカステルのギロシェはロジウムコーティングですが、クラシックコレクションはプラチナコーティングとなります。スターリングシルバーは925。
それぞれ質感や輝きが違います。ペルナンブコようなウッドバレルの質感とプラチナコーティングの組み合わせは上品で良いと思います。
天冠部分にはギザギザのチェッカリングのローレット装飾がされています。
クラッシクコレクション_e0149941_16431554.jpg
--
●書きやすさ全体的に重量感がある。リアが少し重いので前を持つ方は好き嫌いが分かれるかもしれません。
個人的には少し後ろを持つので問題なし。長時間使う場合には他のペンの方がいいかもしれません。首軸(ペン先)が長いため、書いている部分の視認性がよいです。
細かな字を書くにも向いていますし、ボールペンは90~60度くらいの角度で少し寝かせ気味にしてリア側を持ち、ペン先を遊ばせながら書くと濃度差が出て味のある文字が書けて好みです。
リフィルと持つ位置によって書き心地の印象が異なるので、色々なリフィル種類と太さを変えてみるだけでも楽しんでいます。

# by kotanimasafumi | 2021-01-20 16:46 | つぶやき | Comments(0)
2021

謹賀新年 | 節操
--
新型コロナウィルス感染症が世の中を禍の渦に陥れ、政治も経済も世相も混沌としています。
時代は国内外ともに騒乱の時代に入ったという感がしています。

こういった時期に何をすべきなのかは非常に難しい選択であると感じています。
このあたりに生き方の奥深さや難しさが凝縮している気がしています。
しかし試練を乗り越えた時にこそ、そこに人間の成長があることを考えるとやはり喜ぶべきなのかもしれません。
松下幸之助さんは「不況もまた良し」と言っています。

現代を生きる我々も、残念ながら良い事だけの人生ということは望めません。
しっかりと逆境を味わい尽くして、そこから得られるものを最大限に吸収しつくしてしまうくらいの心構えで丁度良いのかもしれません。
今みたいに、長期に渡って業界全体がスローなことはなかなかないと思います。
しかし今だからこそできることもあるはずで、ある意味では大きなチャンスです。

順調な時も厳しい局面にあるときも常に節操を変えない、冷静でいられるか。
優れた戦略や戦術ではなく、どれだけの使命感・志を持っているのか。
自分の身を捨てても志を貫く気概をもつことができているのか。
志は燃えているのか。

夷険一節の精神で志を貫き通すこと、心がざわつく時も冷静沈着に、的確な読みで最善手を打ち続けたいものです。

今年も0密なお付き合いを、心よりお願い致します。
平成辛丑

# by kotanimasafumi | 2021-01-01 06:12 | つぶやき | Comments(0)
手を振りたくなる距離感
たとえば、
海辺を歩いていると、遠くの方にゆっくりと船が通って、そこに乗っている人に手を振りたくなったことはないだろうか。

自分はどちらかというと人見知りの方なのだけど、不思議とそういう状況に出会うと、誰彼構わず手を振りたくなってしまいます。
見ず知らずの人なのに、手を振りたくなる…。
この感覚は何なのだろうかと…。
建築のデザインは、それぞれの設計者のスタンスにもよるが、基本的には実態のない"空間"をデザインする行為だと思います。
建物の見栄え、つまりは、壁をいかに見栄えするように仕立てるかというよりは、壁と壁の間にある"隙間"をどのような"感じ"にするかというような行為なのです。

設計者は、空間の大きさや質、明るさ暗さ、人の動線や視線などをコントロールすることで、人と人、あるいは人とものとの関係性をデザインしていきます。
ぱっと目を引く形や色をしていなかったとしても、そこに身を置くと自然と心地良い状態になっていくような…
良い空間とはそのようなものだと思います。
自分がなぜ遠くの船に乗る人に手を振りたくなるのか…
そして反対に、狭い道ですれ違う人や、満員電車で隣り合わせた人には、不快な気持ちを抱いてしまうのか…
それは、その相手の質や自分との相性の問題ではないだろうかと思います。

きっと、そこに人と人との適切な距離感があるから、手を振りたくなるような心地よい関係性が生まれるのだと思います。
人と人が良い関係でいられるためには、適切な距離感が必要です。
そして、そのような関係性をつくっていくことが建築のデザインなのだと思います。

建築設計という仕事は、地味です。
何年もの設計期間を経てやっとひとつの建物が立ち上がります。
そして、設計者がこれぞと思ったデザインも、街を歩く人からすれば他の建物となんら変わらない、通り過ぎるだけの存在かもしれません。

だけど思えば、自分たちの状態は、常に空間に左右されていると思います。
自分たちが心地良い状態でいられるとき、そこには心地よい空間があることは間違いないのです。

とすれば、建築は地味ではあるけれど、長い時間をかけてその空間にいる人の状態を左右していくという、計り知れない影響力を持っていると思います。

たとえば、ある夫婦のために住宅の設計をした設計者は、その夫婦の家を訪れる度に、
夫婦の関係が上手くいっているか様子を見て、それは自分の設計の影響もあるかもしれないと想像します。

そんなふうに考えれば、建築設計はとてつもなくスリリングで面白い存在です。

なるほど、だから自分は建築の設計をやっているのか…
そんなことを思う2020年の終わり…。


# by kotanimasafumi | 2020-12-26 23:50 | つぶやき | Comments(0)
紅葉は落ち葉までが美しく 人は倒れ様までが美しい
紅葉は落ち葉までが美しく 人は倒れ様までが美しい_e0149941_22035179.jpg
紅葉は落ち葉までが美しく 人は倒れ様までが美しい_e0149941_22041229.jpg
紅葉は落ち葉までが美しく 人は倒れ様までが美しい_e0149941_22044396.jpg
紅葉はとてもきれい。
でも、美しい写真の紅葉は、水面に反射したり、
落ち葉が敷き詰められていたりして
立ち姿だけでなく、その様がを含めて美しいと
思うのです。

桜の花は…
想像してください。

目の前には綺麗な桜の木があります。
あなたは桜の花を見上げます。

"ああ…きれいだ"

一陣の風が花を散らします。
桜の花びらがひらひらと
あなたの周りを舞踊りながら落ちていきます。

"ああ…なんて綺麗なんだろう"

桜の花は真っ白でまた桃色で、
風に揺られる姿が綺麗なのだと思います。

夏の葉は…
今度は夏の青々と茂る木を思い浮かべてみます。

夏のむせ返るような暑い日の中、
そこにただ立っている緑の木。

時折吹く爽やかな風にその葉をその枝を揺られながら
そこにただ立っている緑の木。

堂々としたその木の佇まい
青い空を背景としてどっしりとしたその木の佇まい

春の桜とはまた違った美しさがそこにはあります。

落ち葉はほとんど見られず、地面に目を向ける人は
少ないのではないでしょうか。
ときおり落ちる花びらは、
やはり木とは切り離されて認識されるようです。

秋の葉は…
今度は秋の葉を思い浮かべてみます。
寒い冬の風にゆられ、
秋の葉は黄色や赤に染まっています。

一陣の風がその葉を揺らして、
赤や黄色の葉が落ちていきます。

やがて地面や 湖や水たまり
そういったところに
思い思いに散らばった色づいた葉が、
その落ちてきた木とともに
あたりを艶やかに染めていきます。

見上げた木はだんだんと葉がなくなり
逆さに立てた箒のように
寂しい姿を見せています。

"ああ…美しい"

散りゆく様も儚さも
その風景全てが美しい。

紅葉のこの独特の美しさは、
いったいなんなのでしょうか。

人の色付き、枯れゆく様に
人にも同じことが言えるのでしょうか。

輝かしい時はその人だけが輝いて見えます。
雄々しいさまは 青空が似合います。
うなだれ傷ついた様には涙が似合います。

くたびれや倒れた時には、
散らかった床なども
その人の景色の一つになります。

この違いは何なのでしょうか。

散りゆく様の美しさは、
枯れゆく様の美しさは、
去りゆく様の美しさは、

人も木なのでしょうか。

人も花であり、
また落ち葉でもあるのでしょうか。

できれば綺麗に色付きたい。
できれば綺麗な落ち葉でありたい。

去り際に色づくように
今を精一杯生きる
今青々と茂る

そんな自分でありたいです。

# by kotanimasafumi | 2020-11-21 22:06 | たび | Comments(0)