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アウトプット
プロポーザルプロジェクトのスタディ模型。
屋根の形状にどんなパターンがあるか、と検討するためにつくりました。
中には現実的には難しそうなものも混じった5案。
あらためて…
こうやってとりあえず思いついたものをかたちにするプロセスは時間がかかるようでいて実は一番近道だなぁと思います。
頭の中でもやもや考えていることをアウトプットすると、頭の中では想像できていなかったものが見えてきます。
結果つくった案たちはすべてボツになってまったく違う新しい案になることも多いのですが…。
でもきっと頭の中だけで考えてたらめちゃくちゃ時間がかかっただろうなとか、もしくはそこまでたどり着けなかったかも、と思います。
なじみの薄い人にとってはデザインの世界は何か一瞬のひらめきでできるような印象があるかもしれませんが、
実はものすごい数の場合分けとシミュレーションの選択の結果です。
というこんな仕事が楽しくてしかたないわけです。

# by kotanimasafumi | 2021-04-21 14:12 | つぶやき | Comments(0)
経年変化
経年変化_e0149941_16320986.jpg
経年劣化という言葉があります。
--
時間とともに品質が低下すること
--
雨風・湿気・温度変化・日照などによる品質の低下だけでなく、通常の方法で使い続けることによる摩滅、汚れ等の損耗も経年劣化である、とされています。
この世の中に存在する限り「経年」からは逃れられません。
それは誰でもわかっているはずなのに、こと建築ではこの言葉がひどく嫌われている気がします。
人は同時に、古いものを良しとする感性を持っています。
法隆寺は誰だって好きだし、お寺や城を見て回るでしょう。
そこには「経年劣化」ではなく、「経年変化」という
お金では決して買うことのできない付加価値があるからだと思うのです。
長い時間を経て、少しづつ少しづつ
色を変え、味わいのある雰囲気や佇まいになる
歳を重ねるという言葉あるように、積み重ねた歳月がものに深みや味わいを持たせるのです。
それは古くからある詫びさびといった日本古来の間隔に近しいものでもあると思っています。
この経年変化による味わいを空間に持たせるために
僕は可能な限り本物の材料を使うようにしています。
そうすることで、人も材料も、住み・使い続けていくうちに、空間になじみ
唯一無二の空間に変化していくのです。使い込む楽しさがあり、少しづつ変化していく様子は人間の様で愛着もわくと思います。
そうして自分が設計した家は、クライアントの家になっていくのです。
そうやって住まい手とともに素敵に歳を重ねていってほしい。
それを経年変化と呼んで、そんな時間の経過までもデザインしたいと思うのです。

# by kotanimasafumi | 2021-04-15 16:34 | つぶやき | Comments(0)
頼むって、難しい
設計の仕事はクライアントの望む家を設計する事。
勘違いされがちなのだが、建築家に、設計士にお願いしたら、自分の希望の望む家が自動的に出てくるわけではありません…。
お願いする側にも努力と責任と覚悟が必要だと思っています。
設計する側としては、クライアントに全部あなたの好みで設計してくださいと言われたら、これほど嬉しくてらくちんなことはありません。
しかし現実的には住まい手・クライアントの希望や予算や法規、構造、イメージに合わせて計画しなければなりません。
これが設計としては苦しくて楽しいのですが…。
だから設計する側はクライアントの生活ぶりを見せてもらったり、好きな空間のイメージを聞いたりして、その人の住まい方や好みを反映させて設計をしています。
クライアントは可能な限り、イメージや希望を伝えないといけません。
(あまり細かく詳細に指定しすぎると、がんじがらめで変な建物になっちゃったりするので、いい塩梅で伝える、、、というのが本当に難しいですが…。)
設計の仕事は、英会話の講師みたいなもの、と聞いたことがあってなるほどと思いました。
--
建築家・設計士(英会話講師)に依頼したら理想の家ができる(英語が喋れる)わけではない
家をつくる(英語をしゃべる)コツとか技術を教えるだけで、クライアント自身が努力しないと、家はできない(しゃべれるようにならない)ということ
--
これをサボって、建築家を「使ってる」と思っている人ほど、出来上がると「イメージと違う」、「これが欲しいとは言ってない」っと平気で言う…。
イメージを伝える努力をしていないのだから当たり前ですが…
(それに、建築家を「使っている」のではなくて「お願いしている」のだとと思うのですが…)
建築家は魔法使いじゃないんです。
だからクライアントの頭の中を読み取ってイメージ通りの家をつくるなんてできません。
クライアントと一緒に手を取り合って、理想の家をつくるパートナーだと思います。
「クライアント」とは建物としてよくなるように考えてくれる建築家・設計士の意見を尊重しつつ、
住まい手としてのイメージや希望を伝えるという重要な仕事をする「建築家のパートナー」という仕事なんじゃないだろうか。
だから頼む側のスタンスで建物は良くも悪くもなるし、建築家・設計士を活かすことができるかどうかも変わってきます。
頼むって、難しい…。

# by kotanimasafumi | 2021-03-28 16:15 | Comments(0)
あらゆる視点
平らな土地というのは、意外かもしれないが、案外無いものです。
正確にいうと平らな土地とは、道路との段差が無く、尚且つ、土地にレベル差が無く平らということであり、もちろん道路も平らであること
全てが平らということは珍しいと思います。

建築する時は平らであることが前提だから、平らでない土地に平らなレベルをどこかに設定します。
その設定の仕方にもセオリーはありますが、その設定の仕方からデザインははじまります。

以前、桜の木が目の前に見える斜面地で設計をしたことがあります。
目の前だから平らなレベルをどこに設定しても桜の木は見えるのですが、
ただ疑問に思うことは、平らなレベルが必要かということでした、
斜面なりに床をつくれば、桜の木が全て見えるのに…

結局アンビルトになりましたが、この季節になると思い出します。
設計にはセオリーも、クライアントに対する正解も存在しますが、
周辺環境の特殊さを生かし一般解にまで昇華する視点などあらゆる視点から一度は考えてみることも必要かと思います。

# by kotanimasafumi | 2021-03-20 16:09 | つぶやき | Comments(0)
100年先の建築
建築において最も心地よい空間
それは中間領域にあるように思います。

外と内が交わる空間
太陽の光が程よく降り注ぎ、暑くもなく寒くもない空間
それが身近な例でいうと日本の民家の「縁側」です。

吉田兼好の有名な言葉「住まいは夏をもって旨とすべし」。
ひと昔前までは日本の民家は深い軒の下に縁側があるのが普通でした。
夏の高く強い日差しを遮り、冬の低く穏やかな日差しを受け入れてくれます。
経験値としても本当に夏は涼しく、冬は縁側で日向ぼっこを楽しんでいました。

しかし時は流れ、空調機が開発され、エアコンが開発され一般家庭に急速に普及します。
高度経済成長と共にコンクリートと鉄とガラスで出来た「箱」を作り、その中だけを空調するのが当たり前になってしまいました。
建築基準法もそれに合わせてか「換気用の窓が取れない場合は換気扇を設置すればよい」となっています。
心地よいと「思われる」空間を量産し、人々はその中で人生の大半を過ごしてきています。

現在、新型コロナウイルスの猛威が世界を襲っています。

建築家の隈研吾さんがyoutubeで「コロナ後の建築は箱からの脱却が必要。これからは外部空間に可能性がある。」と言われていました。
本当に同感でした。

外部空間は相変わらず置き去りにされたまま、資本主義社会の世の中となりましたが、資本主義社会における経済成長の源は石炭や石油です。
炭素や石油を燃やすと温室効果ガスである二酸化炭素が発生します。
それが地球温暖化の大きな原因となり、温暖化した外気から身を守るのシェルターのごとく建築はさらに閉じられた箱へと向かってしまいます。

まだこのまま二酸化炭素を生み続ける閉じられた箱を量産していくのか…。
「いや、もうやめなよ」とコロナウイルスが教えてくれている気がします。
建築が二酸化炭素を生み続ける閉じられた箱でよい時代は終わったのでは…?

しかしながらそれは簡単ではなく問題は沢山あります。

今、閉じた箱ではなく中間領域を持った建築を作ったとして、本当に心地よい空気環境を作ることが出来るのか…。
外部と内部が交わる空間には外気や太陽の熱が入り込んできます。
真夏に縁側で読書を楽しめる中間領域を作ろうとすると、間違いなく空調の力を借りなくてはならないと思います。

地球温暖化のスピードは2万1000年前から1万年かけて4〜7℃上がっていたのが、20世紀後半からの気温はその10倍ものスピードで上がっているといいます。
原因の一つに行き過ぎた都市開発があるということは間違いないと思います。

ではどうすればよいか…。
この問題の解決には時間がかかるし、長い時間軸で考えなくてはならないです。
先ずは二酸化炭素の発生を少なくし、温暖化を抑え、外の空気環境を改善していくことです。

日本は二酸化炭素の排出量が世界で5番目に多く9.54トン(2014年)です。
カーボンニュートラル先進国であるデンマークが5.94トン(2014年)。
日本はデンマークの約2倍です。
デンマークは2030年までに1990年比で70%削減、2050年までにカーボンニュートラルを実現すると発表しています。
それに比べて日本政府はそのようなビジョンも発表していません。
政策は経済とのバランスを取らなくてはならないが100年先を考えるとなんらかのビジョンを発表するべきです。

建築を設計する者は「100年先にあるべき地球環境」を考えた上で「100年先にあるべき建築」を考えていかなくてはなりません。
そして困難であっても100年先にあるべき建築を自らの設計活動で少しずつでも実現させていかなくてはならないのです。

100年先にあるべき建築とは詰まるところ、100年愛され使われ続ける建築だと思います。
そこには「美」がなくてはならないし、本当の意味での「快適性」がなくてはなりません。
名だたる先人達がそれに至る英知を示してくれています。
その英知を拝借し、100年愛され使われる建築を設計したいと改めて思います。


# by kotanimasafumi | 2021-02-22 13:19 | つぶやき | Comments(0)