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美しい涙について

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大江健三郎、新しい人よ眼ざめよ


を読んでいて考えた事を少し…
文中にブレイクという名の詩人が出てくる。

恥ずかしながらブレイクという名を初めは固有名詞として受け取らなかったが、『無垢の歌』の「失われた少年」の引用句に心惹かれた。

《夜は暗く 父親はそこに居なかった 子供は露に濡れて ぬかるみは深く 子供は激しく泣いた そして露は流れた》。

原文にはこう書かれている…
  

  The night was dark, no father was there,
  The child was wet with dew;
  The mire was deep, and the child did weep,
  And away the vapour flew


英語の語の定義では、涙を流す、と、(水など)が流れるを区別している。
日本語では受け身の流れる、能動態の流すである。
ここから英語と日本語の差が伺える。
英語にとって物理現象はflowであり、人為的行為はweepとなる。
日本語に両者の間に区別はない。


ここに美しい日本語が現れている気がする。

ふと思い出すのは、有名な言葉に、
美しい花がある(実在する)。花の美しさというものはない(実在しない)。
と実在論を平易な言葉で考察した批評家がいることだ。

日本人の涙はいつから枯れてしまったのだろう。
そもそも日本人ではなくなってしまったのだろうか。
自分の中のDNAはいつ眼ざめるのたろう。
DNAは日本という土地柄が作り出すような気がしているけど…
夢を見て朝に流す涙はいつだって素直で綺麗だったかもしれない。


美しい女性について

建築分野の中でガラスはよく考察対象となる。
自分自身の、要するに、男性から観た女性の内面の持論だけど、
女性にとってガラスというものは、メタファーとして、
とても重要な役割を持っているように思う。
ショーウィンドウ越しにキラキラした憧れの世界を夢見るgirl.
女性が憧れの世界をイメージすると、女性と憧れの世界の間にはいつだってガラスが存在するかのように感じられる。

見えるが手の届かない世界、自分とその世界にいる人たちとの区別や差を感じているように感じた。

その区別は、社会人になってお姉さんと呼ばれる年齢になっても別のカタチで続いていると私は感じる。

ショーウィンドウ越しの世界の代わりに隣の人の世界にガラスを貼る。
近くの人や遠くの人、それぞれガラスを貼っている。良いか悪いかはよく分からない。

でも、素敵なladyはいつでもガラスの彼方と此方を比べて、此方を良くしようとしているように、少ない個人的経験から考察できる。


自分はそんな素敵なladyには誠実でありたいなぁと思う。
自分の世界を大切に想う気持ちは、何か生命力のような、言葉にするとチープだけど、
素敵な何かがあるような気になってくる。
その世界を、自分で守る、のではなく、その世界に出入りする人で築き上げる事が、
とてもより良い結果になるなぁと主観的観測が答えをだしている。

こんな感じに自分なりに答えを出している女性と出逢うと
関係はなんでもなくとも、お互いに愛し愛される応え合いが出来て
とても愉しい。


愉快だ。


自分らは、きっと、これからは結果として生き残る必要が出て来る年齢に差し掛かっているんだなぁ。

全ての人が幸せになれる道はない。

きっと女性の幸せは日常の中に見つけられるけど、それは、ガラスのショーウィンドウの手前にあって、向こうの世界の実現を望まなくなるような気もする。
なれる幸せと見つけられる幸せの区別。


こんな事を読んだ本と出逢った人から気付かされた。



by kotanimasafumi | 2019-05-28 05:18 | つぶやき | Comments(0)
街の顔
大正から昭和、平成そして、令和へ。
脈々と受け継がれる当時の技術と国家象徴の洋式建築。

全国の新幹線、主要幹線網における最大の起点拠点となる駅w

東京を代表する顔…
街にはやっぱり顔がいる…w


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by kotanimasafumi | 2019-05-05 05:09 | たび | Comments(0)