
東山魁夷せとうち美術館で開催されている
「
千住博 青の世界 -東山魁夷からの響き-」展に行く機会を得る。
真夏の日差しを潜り抜け、
入口へ一歩足を踏み入れると、
たちまち暗黒の世界に誘われる。
静まりかえった闇の中から妖しく光る滝が浮かび上がる。
暗室に青く光る滝で囲まれた幻想的な空間。
現代を生きる画家、千住博氏の作品世界が浮かび上がる。
かつてビートたけし氏のTV番組で実演しているのを見たことがある。
その描き方というのはかなり変わっていて、
壁に立てかけた紙の上のほうから胡粉を溶いた水を流すのである。
細かな飛沫などは、霧吹きを使って吹きかけたりしている。
「日本画とは床に敷いた紙に筆で描くもの」という固定観念を、
氏の技法はいとも軽々と飛び越えてみせる。
おおよそ描いたとは言い難い大胆かつ繊細な描写。
氏が絵筆を使わずに絵の具を流すという、
はたからは「暴挙」とも見える行動に出たのは、
「表現と技法の一致」を求めたからだと氏は言う。
《それらは滝の絵であるとともに、まさに絵の具をたらした実際の滝なのです。豪快な水のしぶきや荒々しい筆致、そういう画面上に起こった現実が作品を構造的に支えていたのです。(略)その中には大きな時間の流れをも内包している。むき出しのエネルギーのようなものをただそこに示したかったのです。》(「千住博の美術の授業 絵を描く悦び」光文社新書)
その結果、これまで誰も表現し得なかった滝の絵があらわれることになった。
ここまでくると、
もはや「日本画」というカテゴリーにはあまり意味があるとは思えない。
氏は、新たな滝の表現を模索しながら、
これまで誰も向かわなかった処へ行こうとしている。
それは絵画の冒険と言えるもの。
会場を黒一色で塗り込め、
まるで映画館のように外部の光を厳重に遮断したところで鑑賞される。
閉ざされた仮想空間のなかでのみ、
千住博氏の滝は光を放ち、
静かに音を立てて流れ落ち始めた。

「東山魁夷せとうち美術館」
アプローチから続く、静と動が圧縮された空間。