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![]() 雲間から三日月/太陽。 広島は黄金のリングとはいかなかったケド、 日本では1987年9月に沖縄で観測されて以来、25年ぶり。 首都圏で観測されるのは173年ぶり。 更には日本の広範囲で観測できるものは平安時代の1050年以来だというから宇宙の広大なロマンを感じる。 2041年10月24日に日本列島中部で金環日食が起きる。 今回のような規模で金環日食が起きるのは300年後の2312年。 2035年9月2日には日本列島中央部の狭い範囲で、皆既日食が起きるという。 2週間後の6月6日には金星が太陽の前を横切る金星日面通過するという。 前回は2004年に起きたというが、 今回を逃せば次回地球上のどこかで見られるのはなんと2117年。 楽しみにしておこう。 ![]() 岡山県真庭市にある樹齢千年と言われている銘桜、醍醐桜。 山麓の中にポツンと1本、聳える姿が神々しい。 「威風堂々」 どこから見ても絵になるし、いつ迄見ていても飽きない。 後醍醐天皇が隠岐に配流の際に、この桜を称賛し見返り見返りしながら下っていったという言い伝えが残る醍醐桜。 地元の方々の配慮で、細い集落への道を一方通行にしてまで見物客を迎え入れる努力には頭が下がる。 この時期は有名な桜の常であるが、たどり着くまでかなりの苦労を覚悟せねばなるまい。 ただ、そこまでしても一見の価値ある桜には間違いない。 多くの添え木に支えられたその腕は どこか疲れているようにも見える。 しかし、こうして千年変わることなく一生懸命咲き続け、さらには新しい枝までものばそうとするその生命力に気づけば、なんとかこの命を支え守ってあげたいとだれもが、きっとそう思う。 孤高の空の下、自ら生き抜こうとする その桜は 多くの共感を呼び起こし、そして支えが支えを生み、 “生かされる”ことで 見事に咲き誇る 千年の命。
建築を学び始めた頃、なぜか学校でコンピューターを使うことを禁じられた。
そんな訳で膨大な時間をかけ、製図版に向かう生活を続けていた。自分の手を使って図面を引くと、それぞれの個性なるものが浮き出しにされる。 その頃は昔の建築家の図面を見て、なんて美しいんだと一人興奮していたのをよく覚えてる。 そんな中でも一番のショックを受けたのが、ポール・ルドルフ。コンクリートを使ったかなりブルータルな表現をする建築家なのだが、彼がすごいのはその断面パース。 つまり建築を切って、遠近法的に内部空間を表現する図面なのだが、これはかなり労力と時間を労する。 しかしその分、その建築家が思い描く空間がはっきりと描かれる。その密度たるやものすごいもので、彼は一度製図室にはいると、何十時間も出てこなかったといわれている。 そっから設計始めるもんで、普通の建物と違い、断面が折り重なり、複雑な空間をつくるのが彼の特徴。そこには高さの違ういろんな関係性が作られ、まさに異なる空間経験が図面の中で既にできる訳だ。 またこの図面がかっこよくて、美しくて、影のつけ方一つから何度も何度もトレースしていた若かりし頃のマイ・ヒーローのうちの一人。 イェールの建築学部学長をしていた彼によりその学部棟は設計された。 エントランス部分からかなり長い階段を上らされ、既に自分がどのレベルにいるかが曖昧化される。 天井仕上げも荒いコンクリートの打ちっぱなしで、しかも高さはかなり低く抑えられている。そこからメインの空間にでると、真ん中が吹き抜けの回廊型の空間に出くわす。この回廊にもいちいち階段がつけられていて、常に違うレベルから抜きぬけを見下ろすことになる。 本棚を整理中に奥から出てきた作品集を見つけて、一人興奮している。 そんなのをみて、いちいち一人で「うぉ」、「すげぇ」って感動する自分。 こんな姿を見られるとかなり白い目で見られること、まちがいない。 活字を読み込むことも大事なんだろうけど、単純に本を通してこういう感情も大事なんだろう。
地下に蠢き、そして湧き上がる大地のエネルギーが噴き出す。
地球の雄叫び。 地肌と岩肌に覆われ、生き物を寄せ付けない。 圧倒的なスケール。 ![]()
ITの進歩を生産上の向上、新たな建築のかたちの開発につなげる努力もいいが、
その便利さに溺れて、人間の思い、身体による発想という、建築の重要な本質を忘れてはならない。 単なる造形理論ではなく、肉体化された「記憶」を具現化する。 日本の伝統的建築形態への回帰ではなく、緻密かつ周到な現代的な構成を表現するための課題。 より深い文化的意味を含む様相として、活き活きと描きだす。
自然や地域の歴史、そこに住まう人の生活を基盤とした、他地域とは異なる「…らしい」雰囲気の創造は、「そこに住まう人の創造」だ。
時代ごとに風景は移り変わって行く。じっくりと時間をかけて造り上げられた現代の風景はいずれは次の世代の土台となる。 戦後、日本では急速な高度経済成長が続き、都市に大きな変化をもたらした。 機能性・経済性を求めて、その場限りの計画や建設が暴力的に行われることとなる。 それが、次第に物質文化中心の世界を当たり前としていく。 日本の没個性的な各々の都市イメージ、乱雑な風景がそれを物語る。 その土地の成り立ちや地域の特色を反映した建築や都市を最も熟知しているのは、そこに住まう人々。 現存する建築や都市景観の保存を目指す上で、最優先されるべきは制度上の問題ではなく、まさにそこに住まう人たちの思想。 その思想は豊かな住環境を継承し、実現させる。 じっくりと暖めたストックが、生活に余裕と豊かさをもたらす。 現在ある街のひとつひとつの要素にもっと繊細に敏感になって、 後世の土台となるような計画を練る。 ゆるぎなくしなやかに、豊かな生活を築き上げること。 土地の性格や歴史を丹念に調査・分析することは、その土地の主体性を創り上げると同時に、次世代の役割を果たすべきなのかが見えてくるはず。 ![]() ![]() 15年11月には、火星も含めた四つが並ぶという。
所用でこの週末は大阪へ。
色々と見てきた。 行く旅先々で何かしら建築を体感することを心掛けている。 写真では分かり得ない空間に身をおくため、時間の許す限り足を運ぶ。 0310 / Sta. ![]() 圧倒的な大階段とコンクリート壁が古代文化の杜にヨコタワル。 ![]() 広大な池の畔にコンクリートのボリュームが水の流れを作り出し、人をイザナウ。 夜は、大学の後輩ら4人と酒を交えて盛り上がる。 数日前に突然連絡したのにも関わらず、忙しい合間をぬって来てくれた。 それぞれ欲と現実との間でもがいてた。 彼らが広島に来たときは、全力でもてなそう。 ![]() 0311 / Sun. ![]() 心斎橋の商店街に突如現れる光が匂う小宇宙。 解放と開放。 この建築には色々なものが凝縮されている気がした。 3.11は日本が新しい決意と対峙する時。 「1.17/3.11 明日への建築展」を見る。 http://www.tomorrow-archi.jp/ ![]() そこには家が一軒一軒、電信柱や木立、道路を走る車、港湾施設や公園。そして巨大な堤防、砂浜、集落の奥に広がる裏山など一つ一つ丁寧に復元されている。 白い模型が、そこにあった生活を想起させる。 その反面、受けとめきれないくらい大きなものを伝えられた気がした。 「飢えた子供のために、建築ができることが必ずある」とサルトルの「文学は飢えた子どものために何ができるのか?」という言葉を引き合いに 高松伸氏が言っていた言葉を噛み締める。 他人の苦しさ、悲しみに思いを馳せることは、人間としてもっとも尊い行為である。 >>photo
ボク、生まれて10470日目オヤジになる。
2012.02.13 13:12 誕生 2012.02.13 13:16 胎盤 3372g / 51cm 母子ともに健康。 一度治まる陣痛。 4日間の長い時間だった、、、。 元気な産声に涙が頬を伝う。 冬の晴れた日だった。 生後5日目にへその緒が取れた。 母と繋がっていた証だ。 出産直後、そのへその緒を切らしてもらった。 この世に一人の人間となった瞬間。 そんな子をボクは、碧杜と名付けた。 アオトと詠む。 「紺碧の海」「大樹が生きる杜」 人としてそんな地球に生きて欲しいと。 よく寝て、よくお乳を飲む。 生きている。
記憶と言うものは実に曖昧。
あの時の記憶は徐々に薄らいで行く。 しかし、それらは過去の産物になるようなモノではない。 「過去の悲劇を当事者として学び、自らのことばで未来に伝える。 これは過去の記憶と現在のメッセージを実空間/Web空間で共有し、未来の物語を紡いでいくためのプラットフォーム。 ヒロシマ・ナガサキにおいては、66年間にわたって蓄積されてきた大量の資料と、最先端のインターネット技術を融合して制作。 集合的記憶の醸成をとおした「記録のコミュニティ」を生成。 さらに、Twitterなどのソーシャルメディアを用いてオンラインコミュニティを形成し、平和と核廃絶に向けたメッセージを世界中から募り、世界に発信していく。 それは時空を越えて俯瞰的に閲覧することができる。」 *サイトより抜粋 声はかけがえのない財産だ。 ![]() ![]() ![]()
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